So-net無料ブログ作成

彩の国いきがい大学熊谷学園特別講義【日本三大聖天 妻沼聖天山 妻沼聖天山の歴史と建造物の概要】について [建造物]




2018年11月30日、彩の国いきがい大学熊谷学園で開催された特別講義「日本三大聖天 妻沼聖天山 妻沼聖天山の歴史と建造物の概要」の様子を、Youtubeの江南文化財センターサイトに掲載しました。妻沼聖天山の建造物郡の概要と文化財保存の状況をテーマにお話しました。長時間の講義ですが、どうぞご覧ください。







nice!(0)  コメント(0) 

寺内廃寺の塑像 -9 邪鬼 [奈良平安時代]

 仏法に敵対する勢力とも、また信仰を妨げる迷いのこころを具現したともされる邪鬼は、異形の姿で表現され、圧倒的な迫力と強固な意志を表現した神将たちに押さえつけられています。仏像に表現された邪鬼は斑鳩の法隆寺金堂の四天王像の台座にみえるのが初期の例とされています。法隆寺の邪鬼は5本の指を持っていますが、寺内廃寺の時代に近い東大寺戒壇院の四天王像では手は3本指で、足は2本指に表現されています。この仏像は粘土を材料とした塑像で、寺内廃寺と同じ技法で造られたものです。増長天は起き上がろうとする邪鬼の腹と頭を踏みつけている。凶悪の相を見せる邪鬼は3本の指、2本指の足を力ませ天王をはね返そうと力んでいます。寺内廃寺の塑像は3本爪が短く付け根は甲高くつくられているため、足としているのですが、邪鬼ではなく獅子など動物の可能性も考えられそうです。
image002s.jpg image001s.jpg
増長天像の邪鬼 広目天像と多聞天像と足下の邪鬼

image005s.jpg image006s.jpg
寺内廃寺塑像 獣脚か 聖天山 貴惣門 持国天像邪鬼の足裏 指2本

nice!(0)  コメント(0) 

埼玉県教育委員会・小松弥生教育長による国宝「歓喜院聖天堂」の視察 [建造物]


image.jpg

image.jpg


3月2日、埼玉県教育委員会の小松弥生教育長が妻沼聖天山本殿の国宝「歓喜院聖天堂」を視察しました。聖天堂では平成の大修理を補完するための美装化事業が進められており、工事主体者の歓喜院と国・県・市の補助事業として本年3月までの工期を予定しています。小松教育長は文化庁の文化部長などを歴任し、文化財行政にも精通しており、文化財建造物の保存と公開活用に向けての情報共有をすることができました。




nice!(0)  コメント(0) 

中条堤―3  堤の現況と歴史的な評価 [その他]

 中条堤の歴史や機能への研究は多くの研究者により進められていますが、その一人に皇太子殿下-徳仁親王がおられます。平成21年3月トルコで開かれた「第5回世界水フォーラム」において、唐古鍵遺跡や「中条堤」を取り上げて、『水とかかわる-人と水との闘い』と題した基調講演をなされています。 講演に先立ち同年2月には中条堤に立たれ、熊谷市域から行田市域に伸びる堤の現況と集落の配置などを目の当たりにされたようです。
 なお、講演の内容などは「宮内庁」ホームページから見ることができます。
image005s.jpg
中条堤(日向地点の)説明版

image007s.jpg
現在の福川水門―葛和田
nice!(1)  コメント(0) 

寺内廃寺の塑像 -番外編 熊谷の邪鬼 [奈良平安時代]

 間もなく2月3日の節分を迎えますが、市内の各家庭でも社寺でも節分会が行われることでしょう。前回寺内廃寺の塑像から邪鬼の姿を想像したのですが、遺存部が少なく全体像を想定することはまだ難しいようです。ただ、参考として市内の寺院で邪鬼を見ることができるので紹介しておきます。
 妻沼聖天山の貴総門の左右には巨大な多聞天像と持国天像が並び立ち、その足元にはそれぞれ1体の邪鬼が踏み敷かれています。おどけたような身振りと表情をしていますがなぜか哀愁も漂うその造形に強い印象が残ります。両像は平成29年3月に修復されています。
image011s.jpg image009s.jpg
貴総門 左右に天王像が配される。
北(右)側の持国天像高さ約3.1m →

image013s.jpg image014s.jpg
多聞天像邪鬼―南(左)側 持国天像邪鬼―北(右)側

 邪鬼について、詩人の水尾比呂志は邪鬼について次のように表現しています。
「信仰篤かった時代に生きた人たちは、仏を礼拝して低く垂れた頭の眼前に、この醜悪な肉塊を見出しては、仏国土にふさわしからぬ異端者とまゆをひそめたかもしれぬ。あるいは因果応報を眼前に見る心地で、あるいは邪悪の戒めの端的な例証として、また仏法を守る強力な護法神の力の証明としてこの憐れむべき態たらくを肯うたことだろう。誰にも愛されず、だれにも認められず、威丈高な四天王の重圧の下に、踏みつけられ押し潰され、蹴飛ばされこき使われ、嘲られ罵られ辱められ、歯牙にもかけられず見捨てられ、指さし笑いの的にされる。邪鬼はまこと悲しい宿命の生き物であった。 だが、今日私たちは、この疎外された無用者に、なぜか心を惹かれる。日陰者に光を当てようとする。浄土の異端者に親しさを覚えるのである。」―水尾比呂志 1967『邪鬼の性』 淡交社―
nice!(0)  コメント(0) 

中条堤―2  堤の機能 [その他]

 利根川から中条堤の間は、自然堤防上に集落が乗り、合間は水田や畑地等が広がっています。かつては利根川の流路であり、中条堤が一時的に利根川の水を滞留させ、流量を調節する機能を持たせたことから、一旦氾濫すると堤内は水没し住宅や農作物などへの水損被害をまともに受けました。現在は利根川堤防により、中条堤の役割は少なくなっていますが、大規模土木遺産としてその姿と歴史的役割は長く記憶されるものです。
image001s.jpg
中条堤(北河原堤)の説明版

image003s.jpg
昭和22年(1947)の航空写真に見る中条堤と利根川
nice!(0)  コメント(0) 

第66回朝聞書展 高橋香韻「倫敦塔」 [展示]

image.jpg


image.jpg
高橋香韻「倫敦塔」

 2019年2月3日まで東京上野の東京都美術館において「第66回朝聞書展」が開催されています。本展は朝聞書会が主催する書の展覧会で、熊谷市美術家協会の高橋香韻さんが特別賞を受賞し、審査会員に推挙されるとの朗報が届きました。どうぞ、ご参観ください。

 高橋さんは夏目漱石の『倫敦塔』を主題として、躍動感と静寂さを併せ持つ作品を書き上げました。『倫敦塔』は、夏目漱石の短編小説で、1905年(明治38年)、『帝国文学』に発表。 留学時に見学した倫敦塔への体感を描いたものです。高橋さんは源氏物語研究で博士の学位を得ており、古代文学の研究者としても知られています。



開催概要
第66回朝聞書展
日時:平成31年1月28日(月)~2月3日(日)
    午前9時30分~午後5時30分
会場:東京都美術館
主催:朝聞書会 後援;毎日新聞社



朝聞書会(ちょうぶんしょかい)(当会ホームページより)
https://sites.google.com/site/chobunshokai/

 「朝聞會」は松井如流により昭和3年に命名、設立された。会名は「論語」の里仁篇の「子日く、朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」とあるに依る。昭和18年に第1回朝聞書會展を開催し、昭和29年から昭和31年は東京都美術館で開催した。昭和32年に東方書道院が再興するに至り、東京都美術館の会場を朝聞書曾展から東方書道展へ譲り渡した。そのため朝聞書會は一時休会となり、松井門下生たちは東方書道展に参加した。だが、東方書道展は大作主義を標榜したことなどから、門下生らの要望に応じ、松井如流は「時代に即応した力強き新風を書道会に送りたい」との念願のもと、朝聞書會が長年堅持してきたところの「清新なる書風確立」の精神をさらに発展せしめると宣言し、東京書道会を新たに発足させた。また、朝聞書曹は9年間の空白を経て、昭和40年に再開した。長らく東京書道会展と朝聞書會展の両展は並走する形で開催されていたが、平成25年に朝聞書會と東京書道会を統合し、新たに「朝聞書会」と改称した。平成26年1月に第61回朝聞書展を開催した。伝統を根底にして親代性を意識した書を目指している。

     


nice!(1)  コメント(0) 

中条堤―1  寛保の大水害と利根川の堤防普請 [その他]

L1670690s.jpg
貴総門
 冬季の関東地方は乾季に当たっており、昔から土木工事は雨水の少ないこの時期に集中して行われてきました。とくに水防工事は多くの受益者が農民であり、農作業が少ない農閑期はその人手も集めやすいことから計画的に行われていました。その年の破堤や嵩上げなど修築や補修工事を来季まで持ち越さないように、堤の地固めや「水制」用の蛇籠に詰める河原石など採取には多くの人出を必要としていました。
 寛保2年(1742)8月、関東地方はかつてない荒天により主要河川は氾濫し甚大な被害を受けています。「寛保の大水害」といわれ、中条堤と利根川堤防も大きく破堤したようです。この水害による復興工事は幕府主導で諸大名に手伝わせる御手伝普請として同年11月より開始され、妻沼付近は長門岩国藩(吉川経永6万石)が担当しました。この復興工事は被害を受けた地元の老若男女の農民が人足として働き、賃銭を得て生活の糧とした救恤事業の一面がありました。
 この災害により、聖天堂の建築工事が一時中断したとされますが、岩国藩士との人的に交流の中から貴総門の設計協力が行われました。
L1670689s.jpg
貴総門

nice!(0)  コメント(0) 

熊谷の「木遣り」と「塚」 [その他]

 建築工事の基礎工事として行われる「地形(じぎょう)」はかつての鳶職等の専門職人を中心に行なわれた。やぐらや足場を組み地固めに使われる「芯棒」を引っ張り上げ落とすことで地均しや地固めを集団作業で行うものであるが、機械化が進んだ今ほとんど見ることなくなった。この仕事歌として歌われたのが「木遣り」で、熊谷の木遣りは市指定民俗文化財となっており、保存継承活動を続けている木遣保存会では60種類ほどの曲目が伝承されているそうです。現在でも、「出初式」や「うちわ祭り」で歌われています。
 写真は成田地区と奈良・大幡地区に建てられた「木遣塚」です。事業に使われた芯棒をモニュメントとした木遣塚です。下部に縄掛用の突起が付けられています。熊谷市内にはこのような「木遣塚」が高城神社をはじめ5箇所余り建てられており、主要な仕事であったことを伝えています。
image011s.jpg image012s.jpg
成田地区に建てられた「木遣塚」 奈良・大幡地区に建てられた「木遣塚」

nice!(1)  コメント(0) 

荻野吟子の掲示用写真新聞が全国へ [普及事業]

image.jpg
荻野吟子を主題とした掲示用写真新聞

今年は熊谷出身で日本初の女性医師となった荻野吟子の映画化などがあり、吟子への関心が高まっています。そうした動向に関連しながら、小中学校や高校、公共施設などに掲示される少年写真新聞社発行の掲示用写真新聞、「心の健康ニュース」の2月版に、荻野吟子が取り上げられることになりました。全国で掲示される予定です。ご参照ください。

少年写真新聞社、掲示用写真新聞のページ
http://www.schoolpress.co.jp/2018news.htm




nice!(0)  コメント(0)