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今年度の発掘現場から 2 鶴巻遺跡 [発掘調査]

 池上・小敷田遺跡の所在する一帯の水田地帯に300m近い長大な発掘調査区が開かれました。圃場整備事業に係る水路工事のため調査区を設定したものですが、もともとの低地であることから出水が絶えません。水があれば植物質の遺物が良好に保存されることが予想され、実際に古墳時代の多様な遺物が出土しました。槽・弓などの木器や素材の材木と、土器は当時の水中に投げ込まれたらしく完存品が多くありました。沼や川の淵など水辺の祭りに使われたものと推定されます。
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延々と続く調査区

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溝から出土したS字口縁台付甕と叩き甕など
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今年の発掘現場から 1 諏訪木遺跡 [発掘調査]

 今季、熊谷は日本で最高気温を記録しました。その日も市内の発掘現場では汗を絞り出しての作業に追われていました。古代の住居跡、方形周溝墓、中世の館溝などの遺構が重なって発見された現場に接した水路にはなぜか蓮が咲き誇っていました。聞けばいつの間にか古代ハスが生えたとのこと、近隣のお寺から派生したのではとも。猛暑の中、薄紅色の花に囲まれていると別世界にいるようで、ここはどこ、天国か、いやまだ早いと、正気に戻ること数度。
 また、毎週の台風・大雨で発掘現場は水没すること5回。仕方ないとはいえ作業は困難続き、いつの間にか蓮は大きな実となり、黒い蓮実はこぼれ落ちる。発掘が終わると、この水路は改修され一部は埋め戻され道路に変ります。こぼれ落ち埋没したハスの実は大賀蓮のように二千年後に花を咲かせることができるのでしょうか。
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現場東方向 可憐な蓮華
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台風後の現場 西方向

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池上地区ほ場整備地内発掘調査(鶴卷遺跡)その2 [発掘調査]

 11月にお伝えした池上地区ほ場整備地内発掘調査の続きです。
 水田に隣接する水路の真横を発掘調査しているため、この時期でも湧水が多く大変な発掘現場となっています。
 現在までに、住居跡は検出されていませんが、溝跡や沼地(河川跡?)、土坑跡が多数検出されています。
 遺物は、古墳時代前期や古墳時代後期の土器を中心に多数の土器や木製品が見つかり、このほかにもモモの種子やクリ、ヒョウタンなどの表皮が検出しています。
 なお、出土した土器の内面の土を洗浄したところ、炭化米が数十粒確認できました。土器は形状からS字状口縁台付甕で古墳時代前期(4世紀代)のものと考えられます。
 今回の調査では、このような土器が他にも複数出土しているため、今後の調査に期待したいです。
image001s.jpg 確認された炭化米
image003s.jpg 出土した土器


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三ヶ尻古墳群・稲荷塚古墳発掘調査1 [発掘調査]

 9月下旬から始まった調査が進み、現在は、古墳の被葬者が安置された横穴式石室と墳丘の調査を行っています。
 後世の攪乱箇所が随所にあり、遺存状態はあまり良好ではありませんが、石室の石組の一部、そして、墳丘をつき固めて造った様子が観察できます。ちなみに、古墳の築造時期は、埴輪が出土しており、6世紀末前後と思われます。

65EFD254-D005-4C20-8A97-A3CF9F4DBD01.jpeg石室の一部の様子
60DC643C-4837-4FAA-A3DB-303B1DFEB38A.jpeg墳丘土の様子(中央下部がつき固めて造った箇所)
667CF245-6E94-424F-B781-6095D60A0DD5.jpeg調査前の墳丘の様子
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肥塚古墳群・肥塚館跡発掘調査1 [発掘調査]

 10月から始まった調査が進み、古墳時代後期の竪穴住居跡の調査を行っています。
 住居の規模は大きく、5m四方ないしはそれ以上の規模があります。堆積した土中からは、量は多くないですが、土師器坏や高坏などの土器、石製の紡錘車などが出土しています。特徴的なのは、堆積した土に多くの礫が含まれていることです。
 ちなみに、遺跡名には、古墳群、館跡とありますが、本調査地点では集落跡が発見されていて、過去のこの周辺の調査でも同様です。
E5BD4F19-E0C5-46A1-A29B-ECB191C28A81.jpeg66B8923C-6733-4A9B-A1DF-E99080341F06.jpeg竪穴住居跡の調査の様子

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池上地区ほ場整備地内発掘調査について(鶴卷遺跡) [発掘調査]

 久々に発掘調査についての日記です。
先週から市内池上地内で鶴卷遺跡の調査を開始しました。
この遺跡は一昨年に新規登録した遺跡で、池上遺跡の東、行田市の小敷田遺跡の北に位置し、近隣遺跡での過去の調査成果から注目される遺跡です。
 今回の調査は埼玉県で実施する「ほ場整備事業」の一環で新設される水路部分の発掘で、幅約3m、縦に数百mの調査範囲となります。
 鶴卷遺跡と、池上遺跡にまたがる水路部分を、2か年で数か所調査する予定です。
 
 まだ、数日の調査ですが、弥生時代後期から中近世に至るまでの遺物が確認され、中には田下駄、杭などの木製品なども確認されています。現在までに古墳時代前期から奈良・平安時代の遺物が比較的多く検出されており、S字口縁台付甕や、有段口縁坏、高坏などが確認されています。
 検出されている遺構の多くは、溝跡や沼地?(河川跡?)で住居跡などの検出は今のところありません。
 湧水の影響が大きく、大変な現場ですが、今後の成果をご期待ください。

調査範囲 風景
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S字口縁台付甕検出状況
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諏訪木遺跡3-10 [発掘調査]

 久しぶりに発掘に関する報告として、道路改良事業に伴う発掘調査の状況をお伝えいたします。
3月中旬までの調査予定で調査は終盤となっています。
 これまで確認されている主体的な遺構は、弥生時代中期の方形周溝墓2基と、後期の土器棺墓?が2基(底部に穿孔有)、北接する寺院の中世の内堀跡(昨年度報告の諏訪木遺跡ⅢのSD01 の延伸部)、その直下に木枠の井戸跡(かわらけ多数検出)が確認されています。

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弥生時代後期の土器棺墓?(底部に穿孔有)

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溝跡底部に井戸跡の木枠

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井戸上部に多量のかわらけ

 終盤に差し掛かり、雨の天候となっていることから、無事終了することができるかの瀬戸際の調査となっております。来週が好天となることを祈って、簡単な報告とさせていただきます。

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試掘調査の200日から―3 [発掘調査]

 山林内で見つけた切り株から木の歴史を考えました。この木はヒノキで直径約60㎝、約70年の時を刻むこの地の証人(木霊)です。この木の生長を概観すると、生まれたのは約70年前で、昭和22年ころ、戦後の木材需要に応じて多くの有用な木が伐採された後に、生育を期待されて植林された一本でしょう。切り株の形は大きくゆがんでいて、一見大地に力強く根を張っているようです。しかし年輪をよく見るとその成長の単位がある時期から不定形です。陽ざしを求めて何とか伸び太くなろうともがいている様が鮮やかに描かれていると思います。 植林から約30年、年輪は整った同心円を描いて成長しています。日照に恵まれ藪草に覆われることもなく、すくすく成長したことがわかります。当時、山林の落ち葉は掃き集められ、堆肥や燃料に、藪や小木は粗朶として各家庭の燃料として消費されました。木材も同様で家屋敷などの建築材に使われています。
 昭和50年代を過ぎると年輪は乱れ歪んでいます。伸びたり、止まったりと年輪は楕円というより折線円のようです。これは、環境の大変化を示しています。この頃、市域でも木材コストの問題や植林者の減少から山林の管理放棄が顕在化しています。加えて松喰虫による松枯れが山林の荒廃を加速しました。この反省から緑再生、里山保全と山林の保護が模索されてきました。 平成29年にこのヒノキは伐採の時を迎えましたが、柱にはなれませんでした。聞けば粉々のチップにされて土壌改良などに使われるそうです。この地に注ぐ陽ざしは太陽光パネルになります。
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ヒノキの切り株 ピンポールは南北方向(上方向が南)
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試掘調査の200日から―2 [発掘調査]

 試掘調査では歴史の一断面を知る土地の痕跡を発見する場合も多々あります。写真の三ヶ尻地内の試掘で現れた土層は明らかに人工的なもので、元々あった地山の黒色土を鋤取り、砂利混じりの土で埋め立てた固い整地層でした。時期を特定できる資料は出ていないのですが、昭和13年に開設された陸軍熊谷飛行場造成工事の一部と考えています。御稜威ケ原と呼ぶ野原に造られた熊谷飛行場は戦後の米軍占領基地から航空自衛隊熊谷基地と市街地や御稜威ケ原の工業団地に変貌しています。かつて、観音山付近まで広がっていた飛行場の大半は失われるか、地表からは見えにくい痕跡となって埋もれているようです。なお、このような地層は陸軍小原飛行場(昭和19年末に完成)の所在した江南地域の野原でも確認されています。
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写真1 土層の状況

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写真2 (昭和14年頃)熊谷飛行場に駐機する 練習機 通称「赤とんぼ」
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試掘調査の200日から―1 [発掘調査]

 平成29年度も終盤にかかってきたところですが、11月までに約60件の試掘調査を市内各所で行ってきました。 試掘調査はすべて開発起因を前提にしたもので、第1位は住宅建設が最多で、18か所から住居跡や土坑などの遺構と遺物が見つかっています。すべて現状保存・記録保存(発掘調査)をしています。
 第2位は太陽光発電施設の建設で、遊休地や山林の場合が多く対象面積は住宅建設地の約20倍に達します。本来の里山は管理された植林地ですが、現在は管理があまり及ばない藪状態の林地の場合が多く、開発適地とされているようです。1980~90年代前半のゴルフ場、工業団地など大規模な山林開発により自然喪失の問題が高まった時代を知る者には、再び緑受難の時期が来ているように思えます。
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冬の山・伐採片付け後
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