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「イノシシ埴輪」  女塚古墳出土 [古墳時代]

 今年の干支はイノシシ、節分から立春を過ぎ、旧暦からすると本来の新しい年の始まりとなります。今年の干支「イノシシ」は「けもの」偏に「者」で表され、「けもの」偏はぶたを「者」は貯(チョ)に通じることから肉(シシ)をたくわえた豚の意とされ、日本では「猪」を意味するようになったとされます。
 イノシシは原始時代から多産の象徴と考えられ「山神の使い」とされ、縄文人たちはその姿を土偶に象っています。弥生人たちは「シカ」の姿も土器に描いています。そして、古墳時代人は両者の姿を埴輪に象っていますが、古墳時代のイノシシは狩られるものの姿で表現されることが多く矢を受けた姿のイノシシ像がみられます(群馬県)。神の交代、あるいは没落といった意識の変化がみられるとされ、このことは、アニメ映画「もののけ姫」に描かれた第二のテーマにも反映されているようです。
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女塚古墳出土 イノシシ埴輪

 上掲の「イノシシ埴輪」は熊谷市中条地内の女塚古墳から発見されたものです。平板の鼻が特徴的に作られており、牙も備わった成獣です。頭部だけが確認されているので全形はわかりませんが、シカの埴輪も出土しており、狩りの場面を再現したようです。
群馬県高崎市の保渡田古墳群(古墳公園とかみつけの里資料館があります)の二子山古墳(前方後円墳)の近くから発見された埴輪群の中に、上唇を上方向に折り曲げた粘土板で表現した女塚古墳と類似するイノシシ埴輪があります(保渡田Ⅶ遺跡)。この埴輪は矢を受けた表現があり、狩人とされる人物埴輪の腰には、獲えた動物が付けられています。
 女塚古墳のイノシシ埴輪、シカ埴輪とも江南文化財センターで展示しています。会いに来てくれたらうれしイノシシカもとイノシシとシカが言っています。
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イノシシ埴輪の口元アップ-女塚古墳
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シンポジウム「野本将軍塚古墳の時代」 [古墳時代]

2018年12月9日、埼玉県東松山市の市民文化センター大ホールにて『シンポジウム「野本将軍塚古墳の時代」』が開催されます。

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古墳測量図(東松山市教育委員会)

■概要
これまで築造時期が判明していなかった、下野本に所在する埼玉県指定史跡将軍塚古墳。平成29年に実施した非破壊調査により、古墳時代前期後半に築造されたと推定されました。この調査成果と、周辺に築造された同時期の古墳や集落などとの関わりを、多方面からアプローチしていくシンポジウムを開催します。東松山市の古代史の新たな1ページとなるかもしれません!

■日時
2018年12月09日(日曜日)
午前10時から午後4時40分(途中休憩あり)

開場:午前9時30分

埋蔵文化財センターへ電話又は下記申込みフォームから申込み受け付けています。

■場所
東松山市民文化センター 大ホール
東松山市六軒町5-2

■定員
1200名(要事前申し込み)

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■タイムスケジュール
●10時
開会

●10時10分から11時10分
基調講演【埼玉県の前期古墳について】
関義則(埼玉県立歴史と民俗の博物館)

休憩 10分

●11時20分から11時40分
発表1:【野本将軍塚古墳の墳丘とその年代】
城倉正祥(早稲田大学)

●11時40分から12時
発表2:【東日本における礫構造を持つ竪穴系埋葬施設】
石橋宏(東北大学)

休憩 60分

●13時から13時20分
発表3:【比企の前方後方墳と集落出土土器】
福田聖・青木弘(埼玉県埋蔵文化財調査事業団)

●13時20分から13時40分
発表4:【比企と関東の前期古墳鏡】
加藤一郎(宮内庁)

●13時40分から14時
発表5:
【古墳時代前期の地域開発と古墳の被葬者像】
若狭徹(明治大学)

休憩 10分

●14時10分から14時30分
発表6:【東京都・神奈川県の前期古墳】
伝田郁夫(早稲田大学大学院文学研究科)

●14時30分から14時50分
発表7:
【茨城県の前期古墳】
滝沢誠(筑波大学)

休憩 10分

●15時から16時30分
パネルディスカッション
コーディネーター 城倉正祥(早稲田大学)

●16時40分
閉会
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■費用
無料

■申込
必要
埋蔵文化財センターへ電話又は申込みフォームから申込みを受け付けています。
https://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/ikkrwebBrowse/inquiryPC/Sec.do;jsessionid=2B7A7D33A006D9C2C1C0E91149D6F7A6?mode=pc&inquiryId=76


■問い合わせ先
東松山市役所 教育部 社会教育課 埋蔵文化財センター
〒355-0036
東松山市下野本528-1
電話:0493-27-0333
ファックス:0493-27-0334

詳細ページ(チラシPDFあり):
http://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/event/1537866839751.html

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瀬戸山古墳発掘調査について [古墳時代]


 まだまだ暑い夏が続きますが、発掘調査のお知らせをいたします。
今年のお盆前から、市内吉岡中学校の近くにある瀬戸山古墳群内での個人住宅建設に伴う発掘調査が始まりました。

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発掘調査風景 南から

 調査箇所からは円墳の周溝と考えられる溝跡が検出され、底部からは円筒埴輪や朝顔形埴輪などの破片が検出されています。

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遺物検出状況 その1

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遺物検出状況 その2

 時期は古墳時代後期のもので、一部周溝が古墳時代前期の住居跡と考えられる遺構を切る形となっていました。
 気象庁の予報では今後1ヶ月は高温状態が続くとのことですが、暑さに負けないよう、暑さ対策も万全に調査を進めたいと思います。 
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横塚山古墳の清掃活動とレクチャー [古墳時代]


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横塚山古墳の清掃活動

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横塚山古墳や奈良の歴史などのレクチャー


 7月29日、熊谷市奈良地区にある熊谷市指定史跡「横塚山古墳」の清掃が行われました。横塚山古墳は全長は約40m、後円部径22.5m、高さは後円部で3.2m、前方部で2.5mの前方後円墳です。国道407号線工事に伴って、昭和46年(1971)と昭和52年(1977)の2度の発掘調査により周溝の一部や円筒埴輪・朝顔形円筒埴輪などが発見されています。古墳の年代は、出土した埴輪から5世紀後半と考えられています。清掃を前に、奈良古墳群と横塚山古墳、奈良地区の歴史について説明しました。奈良小学校児童及び保護者を含む地域住民の約30名が参加し、身近な場所にある古墳の存在を興味深く再認識していました。




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リトグラフ・木村光佑「倭国礼讃」 [古墳時代]


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 江南文化財センターに新たに埴輪関連の美術作品が収蔵されました。それはカラフルな色彩に富むリトグラフ「倭国礼讃」で、版画家の木村光佑氏が制作した作品です。木村光佑(きむら こうすけ、1936年5月24日[1] - )は 日本の版画家・彫刻家・作家・画家として知られ、国際的な美術絵画展やビエンナーレなどで活躍し、京都工芸繊維大学名誉教授(第9代学長)として後進の育成を進めています。
 「倭国礼讃」の各所には古代の美術作品と称するに相応しい埴輪や土器が描かれています。熊谷市の野原古墳群で出土した「踊る埴輪(男女像)」をはじめ、画面左側には「笑う埴輪」として知られる群馬県の赤堀茶臼山古墳で出土した埴輪(東京国立博物館所蔵)、画面右側には群馬県太田市由良に出土した「盛装男子埴輪」(東京国立博物館所蔵)、上部左側には世界遺産となる沖ノ島の7号祭祀遺跡から出土した「金製指輪」(宗像大社所蔵)、上部右側には長野県の曽利遺跡で出土しその形状が極めて特徴的な「蛇頭半人半蛙交合文深鉢」が描写されています。また、背景には神戸市の桜ヶ丘遺跡で出土した「桜ヶ丘銅鐸」に描かれている人物や動物など、象形文字の原型に似たユーモラスな絵図が配置されています。総額され、横55cm×縦62.5cmのサイズです。
 このリトグラフは、江南文化財センターの展示室にて展示されていますので、お越しの際はどうぞご覧ください。


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群馬県大泉町文化むら埋蔵文化財展示室 [古墳時代]

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熊谷市からも近い、群馬県大泉町の文化むらにある埋蔵文化財展示室は、平成3年10月、大泉町文化むら展示ホール棟1階に開館しました。地域で出土した旧石器時代から中世(鎌倉時代から戦国時代)にかけての遺物、古墳から出土した埴輪類などの貴重な考古資料を数多く展示されています。数万年前の旧石器時代の石器や縄文土器(中期・後期)、古墳時代の埴輪・装飾品、奈良・平安時代の土器類・漁労倶・製鉄及び紡績資料、中世の戦乱で亡くなった人々の石塔婆や板碑・渡来銭などが展示されています。利根川を挟んだ地域の埋蔵文化財に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

見学無料

開館時間
午前9時から午後5時

休館日
月曜日(この日が休日の場合、この日以降のこの日に最も近い休日でない日)
年末・年始休館日(12月28日から1月4日)、その他臨時休館日

所在地
大泉町朝日五丁目24番1号(大泉町文化むら展示ホール棟内)


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塩古墳群の整備事業 [古墳時代]

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整備作業として伐採を実施した古墳上の樹木

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幹や枝葉は今後搬出される。細分化された木々はチップ化される。

 10月中は長雨が続いていますが、台風一過の晴れを経て、本日も小雨が降り続いている熊谷です。本日はそのような天候の下、県指定史跡「塩古墳群」にて樹木の一部伐採を含む整備作業を業者に委託し実施しました。塩古墳群は熊谷市の江南地域にある塩地区西方にあり、嵐山町と隣接するエリアに所在しています。塩古墳群では方墳や前方後方墳など古墳の形が保存され、23基の古墳が現存しています。周辺には多くの木々が植生し、最も多い杉のほか、ケヤキやクヌギ、コナラなどが確認されています。
 その中で、落葉樹に属する数種の樹木が高木化し、倒木への危惧や、落葉が周辺に与える影響などを留意し、古墳の保存を念頭に置いた伐採作業を実施しました。緑溢れる森の一部を伐採することについては、その樹木の保存の観点から容易に判断しかねる面もありますが、適度な管理のために必要であると考えられています。通常、塩古墳群は除草による定期的な管理が進められていますが、高木化した樹木をいかに管理し、時には剪定、伐採するなどして、一般的な「間引き」の作業も自然環境と文化財保存との協調の中では必須であるといえます。
 今回の作業では8本の落葉樹を地面から約30センチメートルの部位で伐採し、細分化し、搬出に向けての準備を行いました。今後、伐採した樹木はチップ化され、遊歩道などを敷き詰める素材など各種材料として再利用される見込みです。
 作業中も小雨が降り、塩古墳群と周辺の森林を霧が覆うような状況がありました。その雰囲気はあたかも長野県の軽井沢にあるような森林を想起させ、この地域独特の自然環境を感じさせてくれました。「埼玉の軽井沢は江南である」という比喩を聞いたことがありますが、その例えもあながち間違っていないように思えます。





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Caution bee(蜂に注意!) [古墳時代]

 本日は、市民の方から宮塚古墳に蜂の巣がいるとの連絡を受け、注意喚起の看板を設置しに行きました。この古墳は、国指定史跡となっている全国的にも珍しい、方形の上に円形の墳丘をのせた形の「上円下方墳」と呼ばれるもので、7世紀末から8世紀初めころのものと考えられます。
古墳は現在森林となっており、蜂が活動するには最適な場所となっています。目撃者の情報によると大スズメバチという危険な蜂のようです。
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職員による作業風景
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設置看板
人間が刺される事故の多くは、餌場・巣に近づいたため、敵とみなした蜂が襲ってくるケースです。最も蜂が興奮しやすく凶暴となるのは、繁殖のピークである8~10月です。この時期の蜂は巣を守るため、近づくものに対し強い攻撃性を示します。
皆さん、今回の宮塚古墳のみならず、蜂が飛んでいるところ、注意喚起がされている場所は気をつけてください。

中条古墳群の発掘調査 [古墳時代]

 中島地区の発掘調査が終了しました。沖積地に営まれた集落の遺跡でしたが、現地表より約1.7m下から住居跡が現れました。ほぼ方形をした5軒の竪穴住居が一部重なっており、何度か建て替えがあったようです。古墳時代初頭(4世紀前半)にかかる時期で、この時代に特徴的なS字口縁台付かめ、有段口縁つぼ、小型器台などが多量に出土しています。これらの土器類は関東以西の地域に分布の中心があると想定される遺物で、これらの土器と種子を携えた人々が熊谷地方に移住してきたこと想像させます。
 また、特に貴重な発見は、土器を取り除いた床面から鍛冶炉が検出されたことです。つまりこの建物跡では鉄器を生産していたことがわかったのです。当時は、朝鮮半島からもたらされた鉄を素材に農具や武器を加工・製作していたと考えられています。実際に地方での加工現場が判明する機会は少なく、埼玉県では「行人塚遺跡(熊谷市成沢)」・「山崎遺跡(宮代町)」例とともに最古の列に加えられます。鉄器生産という先進技術の定着をうかがわせる鍛冶遺構の発見は、後の中条古墳群や北島遺跡にみる有力豪族の出現と集落の成長の元となる地域社会の成長を物語る有力な資料になると考えています。
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右手が1号住居跡完掘状況  床面に鍛冶炉が設置されていた。

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鍛冶炉の直上から出土した土器 有段口縁壺 器台 手前、S字状口縁台付甕

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床面に検出された複数の鍛冶炉跡 左側、直径約16㎝同心円状に焼けている。

とうかん山古墳 [古墳時代]

埼玉県指定記念物 史跡「とうかん山古墳」をドローンで撮影しましたので紹介します。
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とうかんやま古墳は、墳丘周囲の改変がみられ周溝も埋没していますが、市内最大の前方後円墳です。後円部直径37m、前方部長38m、全長75m。前方部は幅42mと大きく開きます。埼玉古墳群中の同時期の瓦塚古墳の規模に匹敵します。墳丘は、後円部で高6.2m。採取された埴輪から6世紀後半代の築造で、横穴式石室を埋葬主体部に持つと推定されています。
側面から見ると前方後円墳であることが良くわかりませんが、俯瞰すると墳丘の形が良くわかります。
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