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機関砲弾 [発掘調査]

先日紹介した前中西遺跡の焼夷弾のように、発掘調査を行っていると、稀に戦争関連の遺物が出土することがあります。
今回紹介するのは、市内千代地内の縄文時代の集落遺跡である西原遺跡から出土した弾です。直径20mm、長さ60mm程を測ります。
IMGP9226.jpg
当初米軍機からの機銃弾かと思いましたが、調べてみると、規格・形状から判断し、日本陸軍九八式二十粍高射機関砲の砲弾ではないかと思われます。九八式高射機関砲は中距離以下の航空機に対して使用する局地防空用の高射火器で、九八式とは開発年度である皇紀2598年(1938年)を指しています。
西原遺跡は、熊谷の市街地からはかなり離れていますが、陸軍の小原飛行場が2km程南東に位置しています。小原飛行場は、1944年11月頃建設が始まったもので、1945年8月14,15日の熊谷空襲の際、江南域にも米軍機が飛来し、成沢、下押切で28戸が焼失、御正国民学校に4発、校庭に70発の焼夷弾が落ちたと記録されています。発掘されたこの弾は、熊谷空襲の際、米軍に向けて発射した高射機関銃弾の可能性が考えられます。


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